2011年4月15日金曜日

無用な買い占め 正確な情報あれば防げた


「買い占めを しなきゃあるのに するから無(な)い」。買い占めの集団心理をあざ笑うかのような川柳があった。東日本大震災では、被災地から離れた首都圏の住民が「品薄」と聞いた商品に殺到した。「平和で安全な国」は一変し、風評に翻弄され、平常心を失った。パニックに陥る愚かさと粛々と生きる難しさ。生活者として、東日本大震災から得た教訓は少なくない。
◆被災者の怒り

 食品では、米、ミネラルウオーター、パン、納豆、ヨーグルト、缶詰…。食品以外ではガソリン、灯油、電池、トイレットペーパー…。暮らしに密接なものが、スーパーやコンビニエンスストアの棚から消えていった。

 「水道水が放射性物質(放射能)に汚染されている」。そんな風評が広まると、今度は「無洗米」を求めに走る。ガソリンスタンドの給油状況はインターネット上で情報交換され、行列がさらなる行列を生んだ。

 被災地域での戦いは、さらに壮絶だった。福島県棚倉町では給油待ちをする車内で、練炭による一酸化炭素中毒で男性が死亡する事故が発生。岩手県釜石市ではガソリンを求めて、あてもなく歩き続ける老夫婦がいた。

 震災の瞬間、仙台市在住の直木賞作家、伊集院静さん(61)は自宅にいた。周囲には壊れかけた家が多く、高齢者を中心に避難所に逃げ込んだ。寒さと余震の恐怖。「被災者」として伊集院さんの心に怒りがこみ上げてきた。

 「買い占めについて言えば、東北では起きていない。それが東京や大阪になると起こるのは、街にコミューン(地域共同体)がないからです。住んでいる人たちみんなが仮住まいだから。人の目を気にしないなら、何だってできる」(13日付東京本社版文化面)。日本人としての誇りの欠如をそう糾弾した。

 ◆自己防衛のため

 平成7年の阪神大震災では、深刻な“買いだめ騒動”は起きなかった。精神科医の中井久夫さんは「正確な情報の伝達が市民の精神を安定させるうえで最も重要」と、「阪神・淡路大震災 復興10年総括検証・提言報告」の中で分析している。

 中井さんによると、被災して孤立した人間はボートの漂流者と同じで、救援が来るまでの間、手持ちの食料、水、体力をどう配分したらいいか見当がつかない。阪神大震災では、神戸に縁の深いスーパーのダイエーと生活協同組合「コープこうべ」が即日、「全国の流通網を動かす」という情報を発したことが混乱を防いだという。

デマや風評も含めて、危うい情報までが一緒くたに伝達された今回の震災と放射能漏れ。蓮舫節電啓発担当相は「本当に必要な物だけを買って…」と買いだめを戒めたが、騒動は1カ月過ぎた今も収まっていない。心理パニックに陥らず、冷静沈着に行動するために何が欠けていたのか。

 『人はなぜ逃げおくれるのか』(集英社、735円)の著者で、東京女子大の広瀬弘忠元教授(災害・リスク心理学)は「今回の騒動はトイレットペーパーが消えた昭和48年のオイルショック時に似ている。放射能漏れによる屋内退避、(一時行われた)計画停電…。先の見えない不安によってあおられ、被災地の外側で起きた珍しいケース。『増産体制によって何日までに供給される』といった具体的なデータが示されなかったことが原因だ。自己防衛のために取った仕方のない行動で、責められるべきは政府やメディアにあるのではないか」と話した。

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